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東京高等裁判所 平成4年(ラ)959号 決定

抗告人

武田六郎

武田玉

相手方

日本総合ファイナンス株式会社

右代表者代表取締役

藤田充郎

右代理人弁護士

地主康平

主文

一  原決定を取り消す。

二  本件を大分地方裁判所に移送する。

三  抗告費用は相手方の負担とする。

理由

一抗告の趣旨

主文同旨

二抗告の理由

抗告人らは、相手方を原告とし、抗告人ら外二名を被告とする東京地方裁判所平成三年(ワ)第一五七七号保証料請求事件(以下「本案事件」という。)について、これを抗告人らの住居地を管轄する大分地方裁判所へ移送することを求めるものであるが、その理由の要旨は、「抗告人らは、いずれも高齢であって病気を患っているうえ、無資力であり、本案事件の審理のため東京地方裁判所へ出頭することが不可能であるのに反し、相手方は大企業であって大分地方裁判所へ出頭することが容易であり、現に、相手方は一旦大分地方裁判所に本案事件と同一の訴えを提起している。これらの事実によると、本案事件を大分地方裁判所に移送することが相当である。」というものである。

三当裁判所の判断

1  一件記録によると、本案事件における相手方の主張は、必ずしも明確ではないが、善解すると、「申立外武田崇(以下「武田」という。)が、昭和五九年七月一二日、申立外大同生命保険相互会社(以下「大同生命」という。)から七五〇万円を借り受けた際、相手方が、武田から委託を受けて武田との間で保証委託契約を締結し、大同生命に対し、武田の右債務を連帯保証し、同日、抗告人ら外一名との間で、右保証委託契約において武田が負担することのある債務につき同人らが連帯保証する旨の連帯保証契約(以下「本件連帯保証契約」という。)を締結したところ、武田が大同生命に対する債務の返済を遅滞したため、相手方が武田に代位して大同生命に対し右債務を返済したので、その求償権の行使として本件連帯保証契約に基づき保証料の支払を求めた、又は、相手方が大同生命から連帯保証債務の履行を求められるおそれがあるので、本件連帯保証契約に基づき、抗告人らに対し、求償権の事前行使として保証料等の支払を求めた。」というものである。これに対し、抗告人らは、主として本件連帯保証契約締結の事実を争い、かつ、代位弁済の事実を否認すると共に、相手方が、大同生命に対し、本案事件で請求している保証料債権を譲渡した旨主張し、相手方の請求を争っている。

2  本件連帯保証契約に使用された「保証委託契約書」には、相手方宛てに主債務者である武田と連帯保証人である抗告人ら外一名の署名・押印がされているが、本案事件で提出された書証を前提とする限り、「保証委託契約書」の抗告人ら名下の各印影がいずれも抗告人らの印章によって顕出されたと認められるので、「保証委託契約書」が抗告人らの意思に基づいて顕出されたと推定され、「保証委託契約書」が真正に成立したと推定されるところ、「保証委託契約書」に別紙として添付された「保証委託約款」の第一一条には「この契約について紛争が生じたときは、東京地方裁判所を管轄裁判所とすることに合意致します。」と記載されている。右管轄の合意は、本案事件の管轄が大分地方裁判所にも存するにもかかわらず東京地方裁判所を管轄裁判所と指定していることを考慮すると、専属的合意管轄を定めたものと解するのが相当である。

3  ところで、専属的合意管轄の定めがある場合でも、訴訟の著しい遅滞を避けるという公益上の要請があるときは、民事訴訟法三一条により、当該訴訟を法定管轄裁判所に移送することが許されると解されるので、この点について判断するに、前記のとおり本案事件の中心的争点は、本件連帯保証契約締結の事実の存否であり、「保証委託契約書」の抗告人ら作成名義部分が抗告人らによって真正に作成されたか否かが本件連帯保証契約締結の事実の有無を左右することになる(なお、本案事件で提出された書証を前提とする限り、「保証委託契約書」の抗告人ら名下の各印影がいずれも抗告人らの印章によって顕出されたと認められることは前述したとおりであるけれども、抗告人らの反証如何によっては、右結論が覆される可能性があることも否定できない。)。そして、右事実を立証するためには、「保証委託契約書」作成の経過、抗告人らの印鑑登録証明書がどのような形で取られたか等について、主債務者たる武田、連帯保証人とされる抗告人両名外一名の取り調べが不可欠であるところ、一件記録によると、同人らは全員が大分県内に居住しており、同人らの取り調べは大分地方裁判所においてすることが相当であることに加えて、武田は無資力であり、また、抗告人らは、無資力であるばかりか高齢・病弱であって、いずれも東京地方裁判所へ出頭することが困難であると認められ、同人らの出頭を待っていては訴訟が著しく遅延するうえ、同人らを取り調べずに審理を終結することは抗告人らの防御権を実質上奪う結果になる。これに反し、一件記録によると、相手方は、一旦抗告人武田六郎を債務者として、臼杵簡易裁判所に本案事件と同一内容の支払命令を申し立て、同人の異議申立てにより大分地方裁判所に事件が繋属するや訴えを取り下げて、東京地方裁判所に本案事件の訴えを提起したことが認められ、右事実によると、相手方においては、本案事件を大分地方裁判所において審理されることに何らの不都合も無いと認められる。

以上の事実を勘案すると、本案事件を東京地方裁判所において審理することは、訴訟の著しい遅滞をもたらすというべきであり、民事訴訟法三一条により、本案事件を大分地方裁判所に移送することが相当である。

四よって、相手方らの移送申立ては理由があるから認容すべきところ、これと結論を異にする原決定は失当であり、本件抗告は理由があるから認容することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官根本眞 裁判官小林正 裁判官清水研一)

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